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山田記

頑張らないブログ

木を見て森を見過ぎない

ニュースを見たり、ドキュメンタリーを見たり、本を読んだりして、社会の流れや物事の本質、裏側、意図を考える事はとても重要な事です。

物事を大局から見据える事で、これからの世の流れを知る事が出来ます。

しかし、それは必ずしも将来に対して希望的観測をもたらすものではありません。

例えば、「学習塾運営」という自分の今の生業は、国の「少子化」の問題と直結しています。

国や時代という大きな枠組みで考えた時、この仕事は将来が無いと判断されるものだと思います。このままいけば、商売の対象がいなくなるのです。子供がいなくなるのです。

そこには常に不安がつきまとっています。漠然とした不安。芥川なら死んでます。

ただ僕は、これからの時代は、何が起きるか分からない世の中の時代だとも思っています。

先だって書いたことと矛盾しますが、アメリカが保護主義になって中国が自由貿易思想に流れる発言をするなんて考えもしないでしょう?

これは「何でも」が起こりうる世の中になっていると言ってもいいのかもしれません。

パソコン1台(スマホ1台でも)あればひと財産が築ける世の中です。

ビジネスではタブーや、しきたり、慣習に囚われず柔軟に対応する力が求められています。

塾ビジネスでも、やりようによっては生きられる。

現代人は、個々のコンパスを持つ必要があるのです。

個々が何を幸福とするか、何に価値を感じるか、どこに向かって何をするか、誰と過ごすか、何を為すか。

いずれにしろ必要な実行力をどの方向に使うのか。

三浦知良は、20年前から「今何をするべきか」しか考えていないそうです。先のことは、あえて考えない。今日すべきことを考えて20年。気づけば現役50歳。すげー。

僕も、先のことで漠然と不安になるのではなく、今どうするべきか、何がしたいか、何をするかを考えて常に行動していきたいと思います。

木を見て森を見すぎず。

何でも出来る世の中で、目的というコンパスを大切に、ただただ実行を重ねて、達成して、また実行する。

今日のハーフタイム(サッカーキングがやっているお昼のニコ生サッカー番組)でカズ特集を見て、そんなことを感じました。

心根の強さは、当たり前じゃない。意識して作るものです。

行動あるのみ。Go for Go for

君の名は。感想(盛大にネタバレ)

先日、遅ればせながら『君の名は。』を見ました。

どうせほっとけば金曜ロードショーでやるだろうとか思っていたのですが、あまりにも大ヒット。あまりにも評判がいいので、イチャモンつけたろ新海誠がなんぼのもんじゃと見に行った次第でございますが。

いやー、ね...。

 

よ、良かったんだな、これが。

大変良かったです。

ハッピーエンドは世界を救う。新海誠の変化。

ハッキリ言って感動したとか、涙が出たというような事はなかったですが、シンプルに良かったなと思いました。

ファンタジーと大きな災害が物語の根幹になっているのですが、基本的にはハッピーエンドです。

極論を言えば見ている人からしたら「ハッピーエンドだから良かった」のだろうと僕は思っています。

 

さて、監督の新海誠氏について。

 

アニメ好きの観点から言えば、新海誠監督といえば『秒速5センチメートル』。

このアニメは、

恋しくて、切なくて、苦しくて、ハッピーって何ですか?

っていうのを凝縮して映像にしたらこうなったという作品なので、この監督の映像を見るときは最初から暗闇に片足突っ込んでるのと同じなんですよ。

 

だから『君の名は。』でも、ズドーンと落ちて絶望する中で解決しようとして足掻いて走って運命に反抗する主人公たちに、僕の中のリトルヤマダは「もう間に合わないよ。そういうエンドなんだよ。なんやかんや闇なんだよ。桜木町で君を探す日々なんだよ!」と思っていたわけですが。

まーハッピーでね。あー良かった。

つまり良かったのはこれかぁ、と。

そりゃハッピーエンドならね、人から感想聞かれて「良かったよ!」と答えるわなということです。

そういう意味で以前の作品を知っている身からすれば、監督の作風の変化があったというのはヒヤヒヤする要因でもありましたが、一言で言うと「安堵感」につながっているんじゃないか。

素敵な意味での変化だと僕は思います。

災害の扱われ方。

もう一つはこの作品に登場する「災害」について。

これは明らかに「東日本大震災」を示唆していると僕は思います。そうでなかったとしても、熊本の地震や、台風や、津波や、火山の噴火など、大きな括りでの日本の災害そのものでしょう。

日本という島国では、災害なら天災が圧倒的にイメージが強い。

毎年いや毎月、もっといえば1週間に1回くらいは日本のどこかで何かの災害が起こっていて、そこには悲しいニュースがある。

これはテレビやネットが普及して、みーんなの心の奥底に張り付いて拭えないものです。

それを題材にとって、郷土感あふれる集落全体の絶望をひっくり返して最終的には登場人物全員ひっくるめて幸せにする...

 

これで良い作品と話題にならない訳がない、と僕は思いました。

当然結果論なんでしょうけど、そういう意味でのメッセージ性を強く感じたので、日本の歴史的な興行収入を叩き出すほどの人気はこの辺りが実は1番大きな理由なのではないかなぁと。

少なくとも僕には東北の地震の映像、写真、実際に行った場面の記憶と、映画の中での画は重なりました。構図は全く違うけど。

映画を見た人はそういう、なんというか、記憶をサブリミナル的にどこかで思い出して、現実とは違うフィクションにフィードバックして救われたという気持ちに大なり小なりなったのではないでしょうか。

僕はこの映画最大のヒット要因はここだと思います。

悔しい。

実は10月くらいに「シンゴジラナイト」というエロゲ作家主催各種文化人登壇のオールナイト討論トークショーに行きまして、その時の話題に「シンゴジラvs君の名は。」というのがあったんです。

政治方面に話が飛んだり、他にも映画を取り上げ、タブーに対しても果敢にアドベンチャーを仕掛けながら、それぞれが題材の映画をオタク的に文化的に見るとどうやねん?という非常に面白いイベントだったんですけど、その中の一人が「悔しい」と。

 

新海誠がハッピーエンド?

商魂出しよった

何を消費者に媚びを売るか、と。

 

いやこれはね、非常によくわかりますよ。

だって新海誠ですもんね。ガラスのハートを切なさ爆弾でぶっ壊す事が生き甲斐じゃないかこのドS!って事ですもんね。雪、星、差出人が実はいないメール!ですもんね。

僕も映画を見るまでは、いや見ても正直、若干同じような感想でした。

 

でも、今になって、僕は思います。

ハッピーエンドで、誰か傷つきますか?

悲しみで頬を濡らす人がいますか?

いいんです。これでいいんです。

「みつは」って名前が覚えづらい?体をとられたタキきゅんが一番可愛い?

そんな事はいいんです。

ハッピーである、それでいいんだと思います。

 

仕事って、人を笑顔にする事ですもん。

今後も新海大先生には、たくさんの人を笑顔にするような作品を作って欲しいと思います。

 

ふー、ちゃんと文章上はいい人で終わった、俺。良かった。

 

応援ありがとうございました!

新海先生の次回作にご期待ください!

先生≒監督

ブログという事で、断続的にでも更新をしていかねばならぬ!引かぬ媚びぬ省みぬ!と思っていたら数日が経ちまして。

しょい込むとなかなかやれませんな。

今日は仕事の話をします。感じるままに。

学習塾は、「サカつく」だ。

チームの目標や指針を作り、共有させる。

目標を達成するために選手のメニューを考え、実行させる。

足りない部分は指摘し、的確な指導をする。

出来たら大いにホメ、モチベーションを上げる。

スポンサーやサポーターへは、夢を語る。

達成できない時には、責任を取る。

でも自分ではプレーできない。

...つまりここ数日感じていることは、サッカーの監督と塾の先生って非常によく似ているなということです。仕事内容としては、やっていることがほぼ同じだからです。

ただプロチームの監督の場合はこれに加えてスカウティングとかもあるわけで。

そういう仕事は現状では僕の場合は無いですが、将来的にはその辺のこともあるのかもしれません。余談。

少年サッカーの監督とかであれば、おそらくドンピシャで同じだと思います。実際「同業じゃねぇか」と思う位シンクロした少年チーム監督のブログも読んだ事があります。

僕の場合は勉強を教えているので当然体を動かす訳ではありませんが、「勝つ」というミッションを持つサッカーチームと、「成績を上げる」ミッションを持つ塾というのは二つとも人間の成長の場でもある訳で。どうしても重ねてしまう。

そしてその指導的役割の監督と先生は、≒で結んでしまうのです。

勝つ事とは。

チームが勝つことで、ファンが増え、力が増し、経済的な利益が上がるサッカー。

生徒ががんばって成績が上がることで、口コミにつながり収益や生徒数が増える塾。

経営面でも非常に似ています。

大事にしたいことは、利益が先に立つ事項ではないところです。と言うと語弊がありますが、サッカーチームの場合だと多くはチーム経営者と監督(管理職)は別の職。言い換えれば社長と労働者です。負ければ解任、勝てば官軍なので理論的には「金<試合」の図式のはず。

塾も同様、成績が悪ければ生徒は退塾で利益はマイナスです。企業か個人かの規模に関係なく、成績を上げるという至上命題が達成されなければなりません。

稼ぐために勝つのか。

勝って結果的に潤うのか。

この辺りは価値観だと思いますが、なるべく後者でいたいなと思いながら仕事をしています。

むすび

今日は中学生を教えて勉強をさせている中で「やるのはコイツら」というのを強く感じました。まぁ如何にやらせるかということで。塾もチームです。監督は僕で選手が生徒。

ただ、僕はいま個人で仕事をしていますが、仕事におけるチームというのもいいな、と憧れは未だにあります。

だからいま現在チームでお仕事をされている方はチーム感を大事にしてほしいし、お互い認め合いながら切磋琢磨して目標達成に向けて頑張ってほしい。

...と、ファミレスで職場の人の文句言いながら昼飯食ってる隣の席のおばちゃん達の様子を見て思いましたとさ。

ほんと文句しか言わねんだよなー。

 

最近のアクティビティ1〜競馬〜

ども。

頑張らないブログは頑張らないので、毎日更新なんてしませんよ。

何書こうかなぁって思っていたのですが、楽しかった活動を書いてみようかなと。

あわよくばシリーズ化しようかと。

 

先日、菊花賞がありまして、競馬場デビューしてきました。初の府中競馬場。大好き、大人の社会科見学。

 

皆さんは競馬場って行ったことありますか?

何を隠そう競馬というかギャンブルには全く縁がないし、麻雀はあんまり分かんないしパチンコは行かないし、そもそも賭け事の才能が無い。

なんとか賞とか、正直クラブケイバのCMくらいでしか知らないワードでして、全く競馬経験はありませんでした。

競馬番組も、「こじはる可愛いなあ」くらいにしか思ってませんでしたよ、ええ。

こじはるは可愛いよ。

 

そんな中での競馬のお誘いでして、まー正直気乗りしない中『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているのだろうか第11巻』(相変わらず超面白い)を読みつつ電車に揺られ府中まで行った次第です。

 

と こ ろ が !

 

ファミリーや若い男女を多分に含む観客の熱気、場内禁煙のキレイでどデカイ競馬場、迫力のディスプレイ、疾走する馬の気迫、白熱するレース、好天、騎手のガッツポーズ、湧き上がる大きな歓声、他諸々

 

なん、だと

 

ギャンブル?欲にまみれた黒い遊び?バカな、口が裂けても言えません。ち、違う、これは、熱いスポーツであります。そこに存在したのは、汗と涙のドラマ、そしてスポーツ観戦でした。少なくとも、僕はそう思います。

 

本当に楽しくて、行ってよかったと思える1日になりました。

もちろん、せっかく行ったので競馬新聞を買って勉強しながら予想しながらビットしながらレースを見ました。ただぶっちゃけ今まで関わっていない世界なので、あんまりバックボーンを知らない訳で。

レインボーラインも新聞上でそこまで評価が高くなかったのでビットしなかった訳で。

データをもっと見てたら買ってたわー。

であるからこそ、今後はいろいろ調べながら当日を迎えられるようにしたいと思います。その方が内容を楽しめる事は間違いない。

 

今回分かった事は、競馬はただの賭け事というのではなく、スポーツだという事です。

僕はサッカーが好きなのでサッカーに例えるなら、プレミアリーグJリーグの優勝予想をする時には、どんな選手がいて調子はどうで監督は誰で戦術はこう!みたいに色んな側面から考えます。そこにはこれまでの選手の歩みチームの歴史もドラマに深みを持たせるかもしれません。競馬も同様だという事です。

 

ギャンブル良くない、そんな一辺倒な偏見ではなくて、データも含め色んな側面から競馬を楽しみたいと思います。いい趣味になりそう。

 

さて、今はG1時期らしくて年末にかけて大きなレースが毎週の如く行われるようです。天皇賞エリザベス女王杯有馬記念などなど。聞いた事あるタイトルばっかり。みんなも行こうよ。めっちゃ楽しいよ。

 

ゲームショウコミケに行った時もそうだけど、こうやって世界が広がっていく感じは本当にとても面白いです。今後もカルチャー、教育、政治、スポーツ、エンターテイメントなど、様々な分野を精力的に取材して、誠実に文章にして参りたいと思います!

 

あれ、

そういうブログだっけ。

 

 

ブログやる

はじめに

ブログは書き始めが一番難しいというか、何を書いていいのかわかりません。

とにかく沢山書いて後でカテゴリー化していけばいいとタカをくくり、まずは今の自分のことを書こうと思います。

それとまずはじめに、このブログは「特定のテーマについてのみ書こう」と言うものではありません。

つらつらと、徒然なるままにさまよい、寄り道し、買い食いし、思ったことを暇つぶしのように長い駄文として書く。Twitterの延長であればそれでいいのです。

まずは改めて、自己紹介から始めます。

何者

改めまして、山田です。

私は小中高大と普通に出て、社会人になりました。色んな楽しいことをしてきました。アクティブに、ポジティブに、「何事も経験」がモットーです。まだまだやりたい事がいっぱいあります。たぶん、いつまで経っても満足しません。

飽き性です。

学生時代

小中高の成績はまぁまぁでした。その辺の思い出は足跡としてどこかで書ければいいと思っています。学生時代を楽しんだという点においては自信があります。

部活は中学校ではサッカー部、高校では1年はサッカー部、2〜3年は軽音部でした。

今でもフットサルをやったり、ライブを見に行ったり、タイミングが合えば音出したりします。今考えればいい趣味を見つけたものだ。

大学時代は文学部日本文学専攻で、しかも古典文学を専攻する文学青年となりました。本が好きだなぁと軽い気持ちで入った学部。そんなフレッシュマンで始まった源氏物語をひたすら研究する授業は、今でもトラウマです。ただ卒業間近にやった狂歌(川柳のもっとはっちゃけたヤツ)の研究は最高にロックでした。紹介したい。

一緒のゼミの人たちはどう思っていたか分からないけど、あれは大学生活の中で一番楽しかった。あとは4年生の時にやった仏像と寺の研究も面白かった。

お寺にあるものには一つ一つ意味がある。灯篭一つとってもそう。置いてある場所もそう。機会があればまた勉強し直そう。

この時期は音楽関係のサークルに入って長になったり、イベントをやったり、継続してバンドをやってみたり、バイトで飲み会の中心になったりと、割とアクティブな学生生活だったと思います。

大人の階段のぼる

さて、社会人となってからは学習塾の先生になりました。バイトやってた塾にそのまま就職しちゃいました。理由は幾つかあります。大きな理由の一つは、社員が少なかったこと。この事は組織の構造について話すときにまた触れたいと思います。

どんな仕事をしていたかというと、塾では先生・特別講習の設計・販促企画およびツールの作成・数教室の運営・研修講師etcetc...って感じでだいぶファンキーにやってました。

また会社内の別部門にある通信制高校では学校教師の真似事もやっていましたし、キャンパス長で担任で進路担当で入試担当でもあったし営業でもありました。

大きな会社では役職や役割として分別されていることなのでしょうが、うちは小さな会社でしたので、全体的な実務の取りまとめと実施をしていたということなのでしょう。

少し前に改めて仕事内容をまとめる機会があって、その時に「結構何でもやってたな、イヤめっちゃやってんな」という感想を得ました。

ずいぶんな経験をしたと思います。

独立

ここからは今年のことです。塾として独立、自営業になりました。いや〜フリーダム。

今までは規模はどうあれ、組織人だったわけですが、今は違います。個人事業主ってやつです。何でも自分で決めていいけど、責任は全部自分。それこそお金に関わる部分は、生き死にの問題です。

よくみんなに「社長!」とか呼ばれるんだけど、違うから。そんなもんじゃないから。トラブルも事務仕事も雑務も経理も自分で解決するの!本質的には社長なんだろうけど法人化もしてねーし。あんまり言ってもしょうがないんだけど。

まぁでも悪い点ばかりじゃありません。

まず、休みが増えました。これがデカい。それと自由な時間も増えました。これもデカい。午前中とかランニングしちゃうし、筋トレしちゃう。

仕事上相談出来る人とかはあんまりいないけど、それは今までと実際あんま変わんないし、まぁ問題ないと思っています。お伺いする必要もないし。

やりたい事で今飯を食えているので、不満は全くありません。稼ぎもたくさんあるわけじゃないけど。

悩みは、面白い事を具現化するのにイマジネーションとモチベーションがまだ足りない事です。あとは将来性ですね。

まだまだ出来るな、と思っています。色ーんな意味で。

そのこれからやりたいことや構想についても今後、ここに書いていければ。

まとめ

今まで何回かブログとかやってきましたが、今回は息の長いブログにしたいと思っています。

Twitterのように瞬間を切り取ったものだけでなく、コラム的なものなど、考えて意見を書く事もしていきます。

読者がいようが、いまいが、ブログ本来の在り方として「書きたい事を書く」をやっていきたいと思います。

突拍子も無い事は、たぶんやりません。

view数にこだわるブロガーとかは、目指しません。

お、意外と2000字。

という訳で今後ともユルユルとよろしくお願い致します。